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二俣簡易裁判所 昭和32年(ろ)41号 判決

被告人 宮沢重治

主文

被告人を罰金五千円に処する。

右罰金を完納することが出来ないときは金弐百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

但本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

罪となるべき事実

被告人は静岡県磐田郡竜山村における秋葉ダム工事をしている熊谷組泰班に所属して工長として土工を指揮し直接その工事に当つている者であるが、昭和三十二年四月十四日磐田郡竜山村瀬尻河内沢地内の天竜川に架けられている中学校通学用吊橋の西側アンカーにかけられた、そのメンワイヤーとりかえ工事を石川兼次郎外六名の土工達を指揮して作業中、午前十時頃六本のメンワイヤーの内一本のとりかえを終えて二本目のとりかえにかゝり、その二本目のメンワイヤーの端を、元のアンカーから外すためそのメンワイヤーの途中につけた台付(両端を蛇口に作り金車をかけるようになつているワイヤー)の蛇口にかけた三金(滑車三個の金車)と新設のアンカーに取りつけた三金との間にかけ廻した引綱用のワイヤーの端をカグラに捲き取り、そのカグラを前記石川兼次郎等にまかせることゝなつたが、当時その台付の他の蛇口にスナツチ(滑車一個の金車、一金とも云う)がかけられてあつて、その掛金は、たゞ釣針様に曲つているだけであるので、カグラを捲きメンワイヤーが張られる際にスナツチに加わる衝撃振動或はワイヤーの切断等で容易にスナツチは蛇口から脱落する虞があり、その際その直下でカグラを捲いている前記の者等に命中する危険があるので、斯る場合該作業を指揮して之に当つている者としては、前記スナツチが台付の蛇口からその掛金が離脱しないような何等かの予防策を講じ置くか、それが出来なければ、そのスナツチを取外して斯る危険を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、漫然前記土工達を指揮して作業にかゝつた結果其作業中衝撃振動によつてスナツチが台付の蛇口から外れてカグラを捲いていた石川兼次郎の頭上に落下し因つて同人に右側頭骨々折脳挫創性頭蓋内出血の重傷を負わせ翌十五日午前四時頃その為め死に致したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

法律の適用

業務上過失致死 刑法第二百十一条

罰金等臨時措置法第二条、第三条

換刑処分    刑法第十八条

執行猶予    刑法第二十五条第一項

罰金等臨時措置法第六条

訴訟費用の負担 刑事訴訟法第百八十一条第一項

弁護人の無罪の主張に対する判断

(一)  弁護人は

本件事件について具体的に被告人に如何なる過失があつたかについて証明がないと主張するのである。しかし本件事故は一金(スナツチ)に加わつた外部からの衝撃振動による一金の落下に基因するものであるが一金の落下はアンカーやヤグラ(支柱)の倒壊破壊ワイヤーの切断等や天候の関係から惹起された衝撃振動によるものでないこと明らかであるから此の衝撃振動はカグラ(捲取機)による捲取の際カグラからか或は牽引索固定部、メンワイヤー緊締部等の弛緩又は蛇口緊締部の滑り等の一乃至二以上の原因が加わつたかして直接間接に発生したものと認めることが出来る。

懸吊された一金の落下する場合は以上に限らないことは勿論である。人が衝撃振動を与える場合もある又一金の懸吊には内懸、外懸がある。懸け具合に完全不完全がある。蛇口に復元作用があるし同一台付の各蛇口に同時に懸吊した一金と三金とでは重量の差がある。又金車の型態装備の相違殊に掛金の部分に多少開き気味のものと狭いものとある。メンワイヤーの太さ加減もあつて、それ等が落下の原因をなす場合も想像できる。けれども本件の場合は一金が懸吊されてから数時間を経過した後に落下して居るし掛金の部分が他の金車に比して多少開き気味ではあるが夫れは当初からのもので落下した金車(昭和三十二年領第五号)に何等の損傷がなかつたし本件一金を懸けた者は工事に熟練している被告人と外一名であつて殊に被告人は内懸方法で懸吊したと供述する所であつて是等が落下の原因とは認められない。

ともあれ本件に於て一金が懸吊されてからカグラに捲取の作業中其落下した事実及一金が懸吊されている真下にカグラが据えられ其カグラを捲いて居た一人に一金が命中して死亡するに至つた事実は否むことの出来ない明かな事実である。して見れば此一金の落下は蛇口に懸吊された一金に安全限界を超逸する衝撃振動の加わつた為めであることは何人にも想像に難くないのである。従つて斯る業務に従事する者は一金落下のあらゆる場合を考慮して之れが危険防止に努めなければならぬことは多言を要さない所である。然るに被告人は工長でありながら不注意にも一金は落下しないと軽信して何等危険防止の処致に出でなかつたものであるから此点明かに過失であつて具体的に如何なる過失があつたかの証明がないと言う主張はあたらない。

(二)  しかし被告人も鑑定人高森富平等も共にカグラを捲く際に懸吊された一金が落下したと言う前例はないと供述するのである。そして弁護人はその様な前例がないため是等工事に携わる者は一金の懸吊について安心して毫も其落下と云う危険の発生に想到する者はない。従つて危険防止の必要も感じないのであるから被告人に対して其危険を予見して事故の発生防止につとむることの期待は出来ないと言うのである。

然れども証人国分英治の供述によればヤグラ(支柱)の故障やワイヤーの切断等の為め金車の落下した事例は認めることが出来るのであるし又金車そのもの懸吊そのものに欠陥がなくとも本件のように安全限界を超逸した衝撃振動があれば必ず落下するものである。落下の前例が稀有であるとしても金車を懸吊する場合に於ては総ての最悪の場合を考慮せなければならぬことは言うまでもないことである。

安全限界を超逸した衝撃振動等が何時どんなことで起らぬとも限らないのであるから金車の懸吊は従業者の一大関心事でなくてはならないのである。従つて又工長である被告人に於て此の場合危険を予見することの出来ない場合でない。さるを前例がないと云うだけのことで安全限界の超逸と言うことを軽視し粗略な取扱をなしたことは許しがたき過失である。又本件のような種類型態の一金は危険防止に不適当で満足できないものであることが認められないでもない、けれども満足出来ないものであればある程振動によつて一金が蛇口から離脱しない様万全の方法を講ずることはこれまた業務上の注意義務として当然である。従つて本件の場合は一時的にもせよ繩、又は針金等によつて蛇口と掛金とを緊縛密着させるとか真下のカグラを他に移転させるとか或は一金は次のメンワイヤーの取換工事迄は不用となつて居る場合だから懸吊しないで直ちに地上に下して置くとかすれば、それだけで人命損傷の危険を完全に免かれることが出来たのである。それを不注意によつて斯る容易な処致をなさなかつた為め本件の結果を招来するに至つたものである。

(三)  又弁護人は被告人は単にワイヤー張替工事の段取をする役目を負つて居たに過ぎないものであるので其使用道具の種類等について選択の権限までも有して居ないものであるから適当な道具を使用しなかつた責任は工事設計者施行命令権者の負担すべきもので現場工長に過ぎない被告人の責任でないと主張するのであるが、右金車が危険防止に不適当であつても前記のような工夫をするに於ては事故発生の防止は容易であることが明かであるから被告人に使用金車に関する選択権の有無については多く論ずるの要がない。

段取工長の職務権限は証人藤井清の供述中「工長は全部の仕事をみることもあるし段取工長と呼ばれている場合は個々の工事について指揮命令する役目である」と又証人国分英治の供述中「宮沢はこのメンワイヤー張替工事の責任者です。責任者とはみんなを監督して仕事をすゝめていく人です」とあるのでこれによつても明かである。

よつて以上の通り判決する。

(裁判官 岩崎英信)

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